パリのレバノン(出会い篇)

パリでしたいこと。
大人になってからパリに2年間の留学をしていたラボのFUMINA。
偶然にも日本でパリっ子のフランソワと出会う。
今、パリに帰ったらしたいこと、書いてみる。


前回の話の続き。(お時間あれば、前回からお読みいただくと分かりやすいです。)

渡仏して1ヶ月後、ついに安心できる住処を見つけて、1ヶ月が経過した頃。ホストマダムが彼女のお姉さんとインドにバカンスで出かけてしまったので、お姉さんの旦那さんと二人暮らしになった。旦那さんはパナマ大使で、とても穏やかな、優しいラテン系ムッシュ。毎日のようにフランス語で会話をし、食べる時もいつもいっしょ。おかげで、ホストマダムが帰国するころには、すっかり日常会話のフランス語は上達した。

パナマ大使の話もまた今度

いよいよ大学が始まるという頃、まずは筆記試験というか、自分について文章で説明するテストがあるということで、ソルボンヌ大学の学生課に行くことになった。

大学はパンテオン、サンミッシェル、本屋街のそばにある。朝早くにバスに乗って出かけた。学生課に着くと、まずは名前を探して、何時にまた来ればいいか書いてあったので、自分の名前を探すと、1時間半後に集合とあった。

まだ時間があるなあ、カフェでもしちゃおうかなあ。バッグの中の携帯を探すのと同時に、テストに必要な持ち物もチェック。

なんか…ない!

ペンがない!

テストに来たのに、ペンがないのよ!

もういい大人なのに、私、何しに来たのよ!

あああああああああああああああ

慌てて学生課を飛び出て、ペンを探すことになった。

近くの高級そうなお店は、まだ早朝だったこともあり、フェルメ(しまっている)。
カフェになんて売ってるわけないし…

どうしよう!

と、ひとりパンテオンの周りをぐるぐる、本屋街のサンミッシェルを1時間ほどさまよう。

すると、こんな早朝なのに、1軒だけ開いてる本屋さんを発見。ボンジュールと言って、大きなブティックに、足を踏み入れると、複数のおじいちゃんたちが集まって夢中で話をしていた。

ペンは売ってなさそうだったけど、この主のおじいちゃんらしき人物の前に、なんとペン立てにペンが沢山あるではないか!

思い切って、
?「ペンを買いたいです…」
とボソリ。

主のおじいちゃんは、
?「ペンなんて売ってないよ、ここは本屋だ」
とごもっともな返答。

そうだよね、と思って、
?「ダコー(わかりました)」
と言って、しょんぼり帰ろうとすると、

?「ペンは売ってないけど、あげられるよ」
と笑顔で言って、ペンを一本私に差し出した。

私の心の中は、うわあああああああああ、こんなことってあるのか!

?「メルシーボクー!」
と、ありったけの気持ちを込めて、大きな声でお礼を言って、走って学生課に戻った。

(この時のことを思い出して、泣いています…しばらくお待ちください。)

えっと、
ペンを握りしめて学生課に戻ると、ちょうど私の試験の時間で、会場へすぐ移動。席に座って、ペンをお守りのように机に置いて、もう1度バッグの中を探ると…

なんと自分のペン入れが…
あったんやー?ティーン。

この1時間、なんだったんだろう…ヘトヘトになりながら試験へ。
でも、おじいちゃんにはお礼にまた会いに行こうと、感謝をして試験に臨みました。


家に帰ると、ホストマダムが、心配そうに待っててくれました。その日の出来事を一部始終話すと、大笑い。

1週間後、また学生課に用事があったので、ついでに会えたらと思って、お返しの日本の鉛筆(なぜかリラックマ笑)を持って、おじいちゃんの本屋さんに再訪問。

おじいちゃんはいなかったけど、従業員の方がいたので、おじいちゃんをどうフランス語で表現したらいいか分からず、そのまんまの言葉で、

?「おじいちゃん(グランパ)はいますか?」

と聞くと、またそれで、従業員さんにも大笑いされた。

おじいちゃんは昼寝中と、手を合わせて頬に寄せたポーズをして、教えてくれた。

カフェをして1時間後に戻ると、おじいちゃんはいつもの席に座っていた。
私を見るなり、すぐに思い出したのか、すっごい笑顔。

私はお土産のリラックマの鉛筆を取り出し、どうぞ、ジェスチャーをすると、またさらに嬉しそうな顔をして、私の頭にチュッとキスをした。

おじいちゃんはひと言、

?「ここでトラバーユ(バイト)するか」

と、思ってもないオファー。

私は、頭の中でトラバーユ、トラバーユ…
働けるのか!!!とやっと分かって、
もちろん!と返答した。

早速、2階に上りなさいと言われ、素直にあがると、昼食の準備中だった。

テーブルには、いろいろなお皿。白っぽいふわふわのペースト、緑のサラダなど、そのお家の家庭料理が所狭しと並んでいた。何がなんだか分からず、お腹が空いてないのにも関わらず沢山ご馳走になった。

これがレバノンのタブレ(レシピあるん)

家に帰り、ホストマダムにまた1日の出来事に加えて、食べさせてもらったものなど細かく話すと、
?‍♀️「その人たち、レバノンの人だわ。白っぽいふわふわはフムスでしょ、緑のサラダはタブレだわ、きっと。彼らと仲良くなるなんて、本当にラッキーよ。しかもご馳走になるなんて、なかなかできることじゃないわよ!すごいわ、ヒュミナ!」

ということだった。
そもそも、この人はフランス人、とか、レバノン人だとか、そんなこと一切気にしていなかったが、マダムに言われて、ハッとした。
自分の人生で初めて、レバノンという国がこんなに近くに存在してる。しかもパリで。

そこから、レバノンの人々の生活、フランスの人々の生活、双方をパリで体験することに。
彼らはもう、故郷のレバノンに帰ってしまったけど、パリのレバノンは、ずっと私の中に。


パリにはレバノンの美味しいレストランがあるので、パリに帰ると、いつも立ち寄ります。いつか、私のパリの地図を公開しようかな。お気に入り⭐️ばかりで、見づらい地図ですが…?

パリに帰ったらしたいこと。

FUMINA

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